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2016年03月20日

花粉症。取材前の自分。

すっかり春だなと思います。

今年は、花粉症がひどくて、悪寒がとまらず、頭がぐらぐらしてしまいます。

そんななか、取材や打ち合わせ、授業や面談のお仕事で外出するのはとても大変なのですが、出かけてしまえば、やはり、現場に出ると気持ちがすっきりし、その時ばかりは体調の悪さもまるで薄れるので、やっぱり仕事はありがたいです。

取材は、これまでに行ったことがない町に行けるのが本当に楽しくて、刺激的です。

駅を降りたつときには、小さな旅をするような気分になります。

先日の取材も、ほとんど知らない町に出かけましたが、場所を確認してから、カフェで過ごしました。Instagramに投稿したこの写真は、そのときのものです。

先日の取材前。ちょうど空きました、と、パーテーションのある広いデスクの席に案内してもらえて、嬉しかった。
#cafe #work


どのカフェもいっぱいで、作業ができる場所を探すので時間が過ぎてしまって困ったなと思っていたら、最後にたどりついたのがここ。大きな机の席を使わせていただけました。机にスペースがあるので、ケーキも楽しみながら、取材準備をしていたところでした。


取材前の私は、少しピリピリしていることもあれば、逆に、ふっと力を抜いて、リラックスしていることもあります。資料の確認や、機材などの準備を終えて、他案件の連絡などしてしまっておいてから、ブログやFBなどポエムみたいな調子で、書いてることが多いかもしれないです。そして、それを書いてから、また、取材に頭を戻して現場に。そのときの、背筋の伸びる感覚は、とても好きです。

このブログの初期の頃は、私は、ライターに復帰することなんてありえないと思っていました。そこから何年も経ったのだなと、最近、よく思います。そして、復帰する選択を考えなかった30代のころの私は持っていなかった、10代や20代始めの若かった自分の「仕事を受け取る」思いがあることを知ります。

そんな過去の自分たちのことも、今の私なら、受け止めて、その先の仕事をする自信ももてるようになった・・

以前から、仕事のブランクがある主婦の再就職の際に、越えさせてあげなければならないハードルのひとつは「自信がないこと」だと、言い続けているのですが、確かに、私本人が、今振り返っても、本当に自信をもちようもなかったことを思います。

新しいWEBマガジン風のブログ「フウケイ」を始めていますが、時々、こっちの「ぴかきら☆ふぇいす」にも帰りたくなる自分がいるんだな、と、気づきました。今日は、特にそう思った日曜日で、久し振りに、こちらに書いてみました。
posted by semchy at 22:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | my words,my hearts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

新緑の日に、饒舌と寡黙。

5月です。緑が綺麗。

明日から子ども達が連休に入るので、
今日のうちにすることをして時間をあけようと思います。

この春は仕事をセーブしていて、大きな仕事はしていないものの、
昨日は今朝までものを書き続け、今日も書き続けていて、
つまり、少し、燃え尽き気味ということなのかもしれませんが、
脳が言葉を口元までもってきてくれなくて、人とうまく話せない。
昼がすぎても、電話がきても、どうも無言がちな自分です。
(不機嫌みたいで困った。。)

それでも、自分のペースで、書き言葉で返せるチャットでは、
意外と饒舌だったりして、脳とか身体って面白い。
“働き方”とか“選択”とか“本質”みたいなテーマについて、
朝から(昨日から・・かも)、遠隔で、
友人たちと、あいま、あいまに、気ままに喋っている。

この5月になるまでに、何か磁場のようなものが働いて、
不意に生まれたいくつかの交流にも驚き、
巡り合わせの妙に深く感謝したりもしています。

noteに息子のことを書きはじめたのも新しい試みですが、
これとは別に、もうひとつ、
難しいけれど書かなくては、と思うテーマがあります。
それを書くのは、息子のことを書くのとは別の意味で、
本当にただもう私の力量では文章化が難しい。
そして、このことについても、少しずつ考えや体験がすすみ、
やはりここにも、なにかご縁の力を感じます。

不思議です。

書けない、わからない、言えないカオスの中で、
軽快なコミュニケーションができない自分のこの感覚・・
何か寡黙な自分のことも持て余す午後・・だけれど、


何年か放っておいてしまった自宅の庭も、
冬も春も越え、初夏の様相になり、
秋に増やした球根の、花も咲きました。

ハーブも、和の香草もかおっている。

新緑の季節がきて、嬉しいです。

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posted by semchy at 16:43| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | my words,my hearts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

オレンジ色の元気をいただいています 〜 上田晶美先生と。

ファイナンシャルプランナー氏家先生のセミナーを受講した際、
会場にオフィスがある、共催の上田晶美先生にも、お会いできました。

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先生には何かとお世話になってきて、本当に感謝しています。

先生からいただくアドバイスは、的確で鋭く力強くて、
トレードカラーのオレンジにも、エネルギーをいただきます。

この冬移転された新事務所にお邪魔するのは2度目。
明るくて素敵な、セミナールーム併設のオフィスです。

初めてうかがった2月初頭のお披露目のときには、
胸に迫る、東北支援のお話などもお聞きし、
キャリア支援というお仕事の可能性や本質にも感動しました。

IMG_4838.JPG

一昨日は、帰り道に、
青山通りからみた渋谷の夕空がとても綺麗で、
本当にあそこが渋谷か・・・と思うほど。

軸をしっかりさせて、頑張ろうと思いました。


posted by semchy at 11:21| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | my words,my hearts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月01日

「幸せに」と。・・追悼・・

時がたって、やっと言葉にできるようになりました。

昨年、身内が亡くなった。

ほんの時々しか会わないけれど、
少し年上の、兄のような人だった。

彼は、私を、ほっとさせてくれた。

昔、たとえば法事とかで、
どこか堅苦しかった制服時代の10代の私に、
朗らかに、くったくなく話しかけてくれた。

私は、笑った。

同居していた祖母の葬儀のときに、
(当時は葬儀屋さんとか使う風習がまだなかった)
実家を会場にするために、家具を移動する男性陣のなかで、
ひときわ、なにかの明るい力に満ちているように見えた。

あのとき、やっぱり身内の中で、長女として、
何か、たぶん、母よりも父よりも妹よりも、
ひとり何かを背負って気が張っていた、やっぱり制服の私は、
祖母のために涙を流す人たちを静かにみながら、
こんなに泣き虫なのに、人前では涙を流さなかった。

ものすごく綺麗だった、棺のなかの祖母の顔。

そのときも、彼は、いつもと変わらずに自然で、
優しくて気さくで、何かの手を貸そうとしてくれた。

長女だった私は、いつも、“兄”や“姉”のような身内を、
会えないわりに、心のなかで、支えにしてきた。

のこされた、やはりわたしの姉のような妻と、
その子どものことを考えると、涙がとまらない。

おいていくほうも、おいていかれた方も
まだ・・・まだこんな別れ・・早すぎたでしょうに。

急に倒れて、逝ってしまったのだときいている。

葬儀の日は、仕事に出たので、いけなかった。
あとから、別の形の弔いにいった。

新しいタイプのお墓だった。
たくさんの人の、生前の名前と戒名が並んでいた。

近くで仕事があった移動中に、ひとりお寺に寄ったときは、
石に刻まれた名前に手を触れたら、
「こんな姿になってしまって」という言葉が口から勝手にでてきて、
寒い日で長くはいられない気がしたし、
仏像とかを拝観する人が続々とそばをとおるから、
静かにしていなくては、と思ったのだけれど、
なぜか自分が、自分の言うことをきかなくて、
「こんな姿に、こんな姿に・・」と声を出し続けて、
泣けて泣けて、泣けてしょうがなかった。

無念だったでしょう、家族が、息子が、心配でしょう・・
もっと生きたかったでしょう・・


お坊さんがひとり出てきて、
黙ってそばに立ってくれた。

少ししてから、お経をあげてくれた。

多くを言わず、何もたずねずに、
「あなたが、幸せになることですよ」と、
最後に言ってくれた。

涙が止まった。

温かいお茶を、と言って頂いたけれど、
やっぱり夕方からの仕事があったので、お断りした。

勝手な妄想だとも思うけれど、

「こんな姿になってしまって」
と、言ったのは、私じゃない気がする。

「こんな姿になっちゃったよ、千恵ちゃん」と、
兄のような彼こそが、本当は私に言った、と思った。

私の名前も覚えていてくれてたかわからないけど、
遺族まっただなかでない私が何を言うか、って話だけど、
自分中心な話でごめんって思うけど、
だから、私の勝手な妄想だろうけど、だけど、

また、くったくなく、親しげに、
話しかけてくれたのだと、思った。

あの、恰幅のよかった・・・、
うちのタンスを運んだり、小さな子どもを抱き上げてた、
あの肉体を、失ってしまったよ、と、言ったのだと思った

もう、手伝えない、家族も慈しめない、と。

そして、お坊さんの口もかりて、
「千恵ちゃん、しあわせに」とも
言ってくれたのだと・・・思った。

幸せになる「覚悟」をするという教えを、
昔、受けたことがある。

幸せに、なっていいのか、
私は、よくわからなくなる。

こんなに泣いてばかりでも、
うまくいかないことも、心配事も多いけど、
いま、じゅうぶん幸せだとも思う。

大義はあるけれど、
だから、仕事をしているけれど、
人のため、社会のためだけに、
生きられるほど、綺麗で強くもない。

そして、自分の幸せのために生きる、と言えるほど、
やっぱり、強くもないし、その綺麗さもない。

簡単に、単純に、それを言ってはいけないとも、
なんとなく思っている。

人はみんな幸せになるために生きてほしいと、
それはそれで、本当に思ってもいるのだけれど。

自分のことは、わからない・・
矛盾だらけ。

でも、幸せに、と、
お坊さんに言ってもらった言葉は、
泣けて、泣けてしょうがないけど、
しっかりうけとって、大事にしようと思う。

生き残ったのだから、
その、「覚悟」も、しようと思う。



( 合掌。 )


posted by semchy at 16:37| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | my words,my hearts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月27日

怖くてできないこと。

私は、運動能力?がすごく極端で、足が多少速かったりもしたので、
運動ができると時々思われてしまったりもしたのですが、
どんくさいところは、とことん、どんくさく、
たとえば、あまり乗り物が得意な子どもではありませんでした。

自転車とか、すいすい乗れるようになるタイプではありません。

それから、怖くてできないことがたくさんありました。
水も怖かった。水泳が苦手でした。
津波の夢をみては、汗びっしょりで起きることが何度もありました。

娘が、小さな頃、スイミングスクールで、
プールサイドからのジャンプ(足から、です。頭からではなく)が
怖くてできなくて、とうとう体調まで崩してしまったのですが、
私も、それと同じぐらい、
「怖くてできない」ものが、どうしてもできない子どもでした。

近所の用水路の上の一本橋が渡れないとか、
ブランコで高くこぎあげることがどうしてもできない、とか。
あと、平均台は大丈夫なのだけれど、
跳び箱の上で前転することができませんでした。

夜布団のなかで考えると、
なんでできないのかわからないし、
むしろできるようになりたいのだけれど、
いざその場になると、
頑張っても、やろうと思ってもできなくて、
みじめだし、いやになります。

反面、怖くないことは、多少の無理をしても、
自分が傷ついても、自分のものが壊れてもしてしまうので、
極端なところがあるのだと思います。

で、やっぱり、こんな年になっても、
自分に、怖くてできないことがあるのだと、知りました。

やりたいのに、できない。

じゃあ、やりたくないのね、と言われるけれど、やりたい。
でも、やろうとしたらやれない。
・・・困った態度です。

昔、水が怖くて水泳が苦手でしかたないから、
父に、スイミングスクールに行きたいといったら、
ものすごく叱られました。
嫌だ、嫌だと言いながら、チャラチャラしたことを言うな、と。

克服したいのだと言ったけれど、
父は怒ったままでした。

苦手は苦手、限界は限界で、
静かにで受け止めてまっすぐに生きてきた父だと、
今になると思います。

怖くてやれない自分に、
この年で出会ったことに、驚きました。

やれない、が答えだとは思わなかった。
やっと、そうか、やれないのだと、気づきました。

一歩踏み出す勇気がないときは、
私は、それは頑張って踏み出そうと思います。
みっともなくても、不安でも、それこそ怖くても、
頑張るときは頑張るしかないと自分にいいきかせて、
えいっと、やる・・ことはできる。

だけど、この、一本橋がダメなのタイプの怖さは、
自分の意志を自分がきいてくれなくて、
まったく動けない・・私の意志ではどうしようもない。
どういうことなんだろう・・・・でも、
がんばって克服するにしても、時間が必要だと思う。

そして、大人だったら、こういうときは、
やりません、と言うしかないのだな、と、
やっと思いいたりました。

いかにも後ろ向きなこと、書いてしまいましたが、
無念でも諦念ともまた違う、不思議な哀しみです。
posted by semchy at 13:16| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | my words,my hearts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月07日

梅雨明け

梅雨らしく繁った庭に夏が来る。

image-20130707214107.png


posted by semchy at 21:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | my words,my hearts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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