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2015年06月05日

郷愁と本質。そして、教育と社会。

自宅からほんの1、2分の草道。

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この町で育って暮らして嬉しい。

そう感じるのは、この町での思い出があるからなのかもしれないし、それはそうだけど、やっぱりそれとも関係ないここの何かに惹かれるからなのかもしれない。

私のなかの郷愁につながる町が、世界には何箇所もあるんじゃないかと思う。誰かの郷愁のそれと、私の郷愁のそれは、同じだったり違ったりするのだと思う。

その町を集めて重ねて地図を作ったら、地球や人間の、本質的意味やゴールが、見えたりするんじゃないかと思ったりする。

。。。。。。

最近、その地図を色々な人と色々なシチュエーションで作るような体験を、これから育つ子どもたちとしてみたいと考えています。

多様性とか個性とか、共生とか共感とか、時代が教えてくれる答えの鍵を身体で知っていて、しなやかで優しい人たちに自分たちがなっていかないと、そして、そうなっていく人に育てていかないと、と思います。

教育業界に新しい動きがあります。これは追い風でこそあれ、何に私や周りの先生方が焦るかといえば、その動きの根底にある、目に見えない時代の要請と、それと深くつながっている、育ちゆく子どもたちへの思いです。1日も早くコンテンツを出して、授業を実現しなくてはと思ったりします。
posted by semchy at 11:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | education | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月30日

そして、合格祈願

今年もこの季節が来た・・と思います。

「入試」について、この何年か、仕事でも考えてきました。

入試・・といっても、私の場合は、
授業やコンテンツづくりに関わらせていただいてきたので、
「受験勉強」「入試対策」について、です。

たとえば、中学入試について、

どういう「受験勉強」だったら子どもの人生にとって健全で意味深く、
彼らと良い将来をつなげられるのか、

教育産業として、ご家庭に、あるいは学校に、社会に、
提供できるのは、どういうものなのか、

本来、どのような教育をすることが理想なのか、

どの人生も愛しくてかけがえがなくて、
そして、思い通りにいかないけれど、思いがけなく素晴らしくて、

・・・そんなことで頭と気持ちがいっぱいになるこの時期、
町でも、受験生への応援が目につきます。

大学生の頃、受験グッズ特集の記事を担当したことがありました。
縁起かつぎの雑貨から、ドクター中松さんの発明グッズまで、ずらりと見開きのページに並べました。
取材後、ドクター中松さんのオフィスを出たら雪が降っていたのを覚えています。

今日も、雪が降りました。

受験、特に中学受験の良し悪しを言えば確実に課題はあって、改革は今後も続くけれど、
日本の教育をよくしようという新しい動きが、確かにあります。
入試そのものや学校の教育内容が変わり、受験勉強も変わっていくことに、
希望をもちたいと思います。

今年は、我が家の子どもたちも受験生です。

いまの私自身も社会も、ほんとにまったく、けして理想のかたちにはなっていないけれど、
この中でみな、生きる力を発揮して、人としての想いをもって今日を築いている・・・

教育ってなんだろう、良い受験勉強をするってどういうことだろうなどと、
親として、また、仕事として考えて、子どもたちと関わることができて
大人になってよかったと、なんだか思っている、東京の中学入試直前、1月末です。
その場を与えられたこと、与えてきてくれた方々、
一緒に時を過ごすご縁をいただけた人たちに、心から感謝します。

受験生のみなさんを、今年も、心から応援しています。


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2010年10月24日

学校取材。学び合いも。


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私立の中高一貫校に行ってきました。

学び方を学ぶ…そのために、
すごく熱心に考えられたカリキュラムに刺激を受けたし、
「学び合い」の実践も興味深かったです。






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2010年06月20日

アール・ブリュット

アール・ブリュット美術と言えば、
日本では山下清さんの作品などが代表的だろうか。
私は、息子といることで、その片鱗に触れます。

家で見る両親の仕事が「原稿書き」のせいか、
言語遅滞のある息子が「ぼくも原稿を」と言い出し、
お気に入りの携帯(夫のお下がり)のメモ機能を使って、
ものを書きはじめました。

以前から、PCに向かう私の隣で、
よくノートにものを書いています。

作文どころか、単語を書くのも、発語するのも、
普段は、かなり厳しい彼なのだけれど。

彼の詩のような「原稿」は、
なぜか天上界というようなものを彷彿させ、
啓示的な響きをもつ。これは一体なんなんだろう・・


私は、彼に、知的障害という診断が下ることを、
彼が幼いときとも違って、現在は、
ある程度、便利にも捉えています。

今の私の力と、ここの環境では、
彼を独自のペースで育てることは、
社会的にスムーズでないので、

「彼を一般的な教育過程で学習させるのは、
もったいない、彼をいかせない」と思う私には、
「障がい児」という蓑で、彼をそこから守ることが、
ある意味、便利であったりする、という意味です。

ただ、「障がい」という診断・認証のなかに、
そのような「個性」を重んじる要素、
「欠落」したものへのフォローという優しい何かも、
含有されているのなら、

「障害者」とは、随分、それが伝わりにくいネーミング・・

現実の私たち親子のこの数年は、
いかにも暴力的に「健常」と一線を画されることに、
偏っていたなあと思う。

蓑にもなるけれど、逆に、「一般」的なものから、
締め出されてしまうこともあるので。


日曜美術館は、私にとっては、
姜 尚中さんの言葉を楽しむ番組でもありますが、
今日は、この アール・ブリュットがとりあげられていました。

絶対唯一のアートの衝撃〜日本のアール・ブリュット、パリ上陸!!!


また、出演の田島征三さんの「とべ、ばった」は、
私が、図書館指導員のボランティアで読み聞かせに使う本のひとつで、
息子の小学校で、息子やその友達への想いをこめて読んだこともあります。


とべバッタ (創作大型えほん)

とべバッタ (創作大型えほん)

  • 作者: 田島 征三
  • 出版社/メーカー: 偕成社
  • 発売日: 1988/07
  • メディア: 大型本






↓↓読み聞かせ用の、大きな大きな大きな絵本もあります。
 私はこれを図書館で借りて使います。↓↓

とべバッタ (ビッグブック)

とべバッタ (ビッグブック)

  • 作者: 田島 征三
  • 出版社/メーカー: 偕成社
  • 発売日: 2003/11
  • メディア: 大型本








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2010年05月31日

たとえば教育現場では

あまりに簡単にいうと、厳密さが損なわれ、
嘘になる上、それを聞いた人は将来、
その「嘘」が通用する範囲内でしか、
そのものを捉えられなくなる。

だけど、すべて厳密にいうと、初めて聞くものには
それは情報が多すぎて、深すぎて、広すぎて、
混乱ばかりが残って、短時間では伝え切れない。


たとえば教育現場では、
それをどうやって切り取ってくみたてなおして、
かみくだいて「1年生用」「2年生用」・・と
見せてきたのだろう・・と改めて教科書を読みました。
参考書も読んでます。

そう言えば、一時期、参考書が愛読書のような
時期がありました。子ども時代。
あまり家に本がなく、図書館も遠かったので。


自分が生徒のときも、そして、今、保護者としても、・・・
「そ、そんなに表面の末端のことだけ切り取って教えても、
あとに続かないし、本人も学ぶことがないだろう・・」と、
思うことがいっぱいなんだけど・・

でもやっぱり、教科書、よくできている
と感心するところも多い。


昔、教科書の検閲の取材をしたことがあります。
細かいところの直しを「くだらない」と
冷ややかに笑った人もいるけれど、
それはその人が「こんなことをするなら、こっちもやれ」と
いう、熱い思いがあったからの言い草で、

私は、そこまでもどこまでも教育環境の整備には
気を使い、心をつくすべきだと思う。
整備しすぎかどうかも熱心に考えるべきだと思う。

そして、だけど、同時に、広い意味での公教育は、
山の中でも空の下でも荒れ地でも、戦地でも、
教科書がなくてもノートがなくても、
したたかに行われ続けるべきものだと思う。


本質を学ばせたい、感じさせたい、予感させたい・・・

本質を予感しておきたい・・


多方面、多タイプの先生方の話を聞けば聞くほど、
なるほどと思い、なるほどと思えば思うほど、
今後はきく人を選ばないとかえって混乱、無駄足も踏むと、
ちょっと気づいたけれど(こちらの能力不足もあるが・・
つーか、こんなこと今頃気づいて、ほんとに取材者か・・)
少し、少しずつ、考えも深まってきた気はするけど、

原稿には締め切りがあり・・できあがらなきゃやばいし、
あああああ、考え続けです。


お風呂入りたい・・入ってしまおうか。
書いてから、入ろうか・・・で、そのあと最終校正か・・


ううう・・・


さらに、昔、参考書や教材を作ったことがある・・あるけど、
自分が書くものじゃないので、言いたい放題だった。
今も、私はただのライター、校正だけど、
言いたい放題の立場でもなく・・。

先生方、すごかったんだなあと今頃尊敬します。
なまいきですみませんでした。
ていうか、本当に、仕事環境、出会いに
恵まれていたんだと思う。別の意味で今もですが。

頑張ろう。その恩は社会にお返しできるように。

ああ・・・めまいがします。

書けないものは書けないし、
書けないものは書いちゃだめだと思いつつ、
即刻、書きたいです。


posted by semchy at 10:33| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | education | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

『学び合い』

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総理官邸前です。

リアル鳩カフェ、あそこであったんだなあと思う。
子育てへの想いとして、参加する友人に
ふたつのことを書いた文を送らせていただきました。

そのひとつが、特別支援教育についての私の切なる願い。

そして、今、私は、衆議院議員会館からの帰りです。

教育界で話題になっている『学び合い』についての勉強会に
参加させていただきました。

特別支援教育にも有効な授業手法だということでしたが、
むねにひびく話ばかりで、私は孤独じゃないとはげまされました。

これを、これを体験させたい子がいっぱいいる。
というか、私もしたかったよ。

息子を普通学級から退学させるのは、
私が、息子とこどもたちと学校の力を
信じてないからだろうかとも思った。

みぞれまじりの冷たい夜です。

転校を報告するメールを、ぽつり、ぽつりと親しい人達に
書いては送っています。書くのに時間がかかります。
涙が出てしょうがない。本当に私達は人に恵まれました。

それでも毎日、私も進むのみなので、
できること、させていただけることに力を尽くしたいです。
今日のことは、私の仕事にもいかせたらいいと思います。
今後も勉強し続けたい。

先生方と、ぜひまたお話させていただきたいと思います。

それにしてもツイッターすごいです。
空気を活性化させています。

鈴木けんぽう渋谷区議会議員の進行でした。
一挙手一投足に芯が通っているような方だと感じています。





posted by semchy at 20:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | education | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

『未来へ』

息子が、支援学級に体験入学をしてみて、
とても良い雰囲気だったので、ますます決心が固まり、
ここに転入の申請をすることにきめました。

息子は、これまでの学校が大好きで、
とても仲良しのお友達がいたり、新入学する弟の面倒をみたかったり、
それに、だいじにしていただいて居心地がとても良かったりして、
とにかく、悔しがり悲しがり、転校を拒んでいます。


私も、それを見ていると気分が揺れてせつなく、
いろんなほかの些末な感情も入り乱れて不安定な気持ちになり、
ちょっと辛い数日を過ごしていましたが、

新しい春に向かう道には、まだやはり木枯らしもふくものだし、
それでも、豊かに膨らむつぼみからあふれるような希望、
長くなる日、強くなる日差しの恩恵を、喜ぼうとおもいます。


息子のフォローは、小学校の先生方にもお願いしました。


希望をもって転校できるよう、
残りの日々に良い思い出を残せるよう、意識すると
息子がしたって、ふれあう機会の多い先生方が言ってくださり、
そう思ってくださるだけでも、空気が変わると思う。
ありがたいです。


泣き言だらけの私をフォローし励ましてくれた人たちに、
心から感謝します。私も、何か力になりたい。


体験入学した先は、
日のあたる、ゆったりとした明るい教室でした。


ひとなつっこい同学年の男の子がすぐに友達になってくれ、
「また来てね」「うん」と言っていた・・・胸がいっぱい。


音楽の時間の合奏の響きは、
あまりに豊かで、涙がでるほどでした。


奇しくも、以前は、別の学校の音楽授業を見て悲しくなり、
ほとんど決まりかけていた転校をとりやめたのだった。


卒業式のために、いくつか歌も練習していて、
力強く温かい歌詞は、卒業生に贈るためのものだけれど、
障がいをもって今後を生きていく、そのクラスの子たちの胸に、
響き続けてほしい言葉の連続でもあり、


やっぱり涙が出てしょうがなかったです。


手話もつけて、(私も一緒に練習させてもらった!)
力をいれて練習していたのは kiroroの「未来へ」。
子どもたちと車にのるときに、私もかけることがあります。

 
 「母がくれた たくさんの優しさ  
  愛を抱いて歩めと 繰り返した
  あのときはまだ幼くて 意味など知らない 
  そんな私の手を握り 一緒に歩んできた」


 

母と子の歌なんだよね・・



ちょうど中学入試のときだったので、
私も母と雪道を歩いた入試の朝のことを考えながら、
(毎年思い出す・・)
友人たちや、仕事先のご家庭のことも思われて、
胸が熱くなりました。



 「自分のストーリー だからこそ あきらめたくない
  不安になると 手を握り 一緒に歩んできた 」




「おねえちゃんが受かった!」と、
駆け込んできた子が靴も脱がずに一番に言ったのを聞きました。
家族みんなで、この冬を迎えたんだなあと思った。


 

 「その優しさを時にはいやがり 離れた母へ素直になれず」


そうだよね。思わず微笑。
こどもたち、それでいいよ、と思う。


 「ほら あしもとをみてごらん これが あなたの歩む道
  ほら 前を見てごらん あれが あなたの未来」





自分の母、母である知人たち、母である自分・・

母というものに「正解」があるとしたら、
そのひとつは、
体をはって、子どもの人生を、
心の奥までいっぱいに使って悩んで応援して喜んで、
ともに歩き、背中を見送り続けることかとも、
思わされています。










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2010年01月09日

始業の朝・支援学級面談

昨日は、息子が週に1度お世話になっている特別支援学級の
保護者面談で、小学校に行ってきました。

また、幼稚園、小学校、中学校がぜんぶ始業式だったので、
我が家の居間は久しぶりに活気づきました。

で、

で、

で、

私はゆっくり見送る母・・の役を堪能することはできず、

忘れ物を小学校まで届けに行ったり(小4息子)、
「冬休みの感想」を今になって書かされたり(中1娘)、
当然だけど幼稚園まで送って行ったり(年長息子)、

そして、その後にやっと面談で、
「今日、学校に来るの、二度目です」と
いきなり言ってしまいました。

でも、朝の登校見守りをしてくれている方々、
幼稚園のお友達とそのママたちと先生、
マクドナルドやスーパーレジで働いているママ友たちに会え、
身の回りの人で作られている町っていいなあ、と元気になった。

「新年の挨拶をしてくれるなんて!」「えらい子だねえ!」と、
校門でシルバーボランティアの方々に褒めていただいていたのは、
防災ずきんと上履きを持たない自分に気づいてもいない息子だった。
寒い日も暑い日も、毎日校門で温かく声をかけて下さっている。


面談は・・・

うちはもう4年目も終わるところ。
私は保護者としての初々しさもなく、
転校の手続き中で、特に差し迫った話もない。

今までを振り返り、穏やかに互いの意図や内情など
ほぼ本音で話をしあえるようになった。

先生も私も、何度か目頭をあつくすることがあって、
重ねてきた体験と想いの、大きさや厳しさを、
何も言わなかったけど、お互い認め合えた気がして、
信用し、多少自分もされて心をひらけるようになったことに
ほっとして感謝した。

彼の入学でものすごい試練を味わった私は、
本当にひとつの大きな節目にいるんだろう。

私は、担当の先生と1対1の面談だったけれど、
次のお母さんは、3、4人の先生が一緒に教室に入って行った。

転校をすすめられ、「週に1度の支援教育では無理」だと、
「宣告」「説得」されているだろうかと、
想像しながら帰途についた。

私も、そういう面談を何度か経験している。



・・・


支援級の子どもたちの作品が掲示されている廊下。
校外学習の感想の言葉がはってあった。

「空気がきれい。風景がきれい。
 木の色、山の色、川の色が、秋から冬に変わる感じだった」

という、息子の感想は、言葉数も多く、情緒的に見えた。
息子はクリアな発語はできないし、理解がどこか浅いのだけど、
これを、ゆっくりゆっくり時間をかけて言い、
先生がそれをうけとめて書いて下さったんだろう。

「あの子の創造性を伸ばしてあげたい」と、
先生が言ってくれた。たぶん心からの想いで。


この小学校は、私や母や妹や、ほかの身内の母校でもあって、
その掲示のある廊下の向こうの教室は、
私が入学したときに生活した当時の1年1組だったりする。

あの夢のように遠い記憶の教室で、
本当は童話作家になりたかったという担任の先生が、
ご自身創作の不思議に満ちた物語を語ってくれた。

そこでいま、ハンディをもつ子ども達がケアを受けている。

教室に、そして、子どもたちの胸に、
悔しいことや緊張や、不安などがどんなに充満しても
心からわくわくするような感動や期待が溶かしてしまってほしい。
子どもたち、先生、関係する人たちの想いの残像が、
深みのある良いエネルギーに変わって、
日々の教育空間を包みこみ、守ってくれたらいい。


私が通学していたときに使っていた正門は、
今は使われなくなり、二宮像も移動された。

旧正門の脇に埋もれていたその像がもったいないと
学校アンケートに書いたことのある私はとても嬉しく思っていて、
そして、金次郎さんは、やっぱり今も、
背中に荷を負いながら本を読んで歩いている。

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二宮尊徳は、お金の使いかた、節約、貯め方などを、
教えながら貸してあげて、地域全体の生活を
向上させたという逸話を大人になってから読んだ。

私が子どものころ、この像が大好きだったのはなんでだろう。

我が子と自分の生き方、学校というものの行く末を思った。
冬の青空の下だった。









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